「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、いつまでたっても「今」に満足できない件

懲りないんすよねぇ…。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ってやつです。

「今」が当たり前になっちゃうんだよな~。

本当は全然、当たり前じゃなくて、「奇跡」みたいなものかも知れないのに。

 

体が全然、どこも痛くないのって、超~~ありがたい話なんすけどね、忘れちゃうのよ。

「痛くなくて当たり前」はさ、「痛くて当たり前」の人の気持ちは分からなと思うんだけどさ、でもね、どこも痛くないってホントね、最高なんすよ。

 

もうさ、ジジイになってくるとさ、どこも痛くない日なんてないのよ。

特に私みたいに「THE・不摂生」的なライフスタイルだった人はさ、体ボロボロよ。

 

ボロボロですよ、ボロボロ。

いろんな病(やまい)を同時進行でかけもちしてる状況。

 

廃車寸前のガタが来てる車みたいなイメージでしょうかね。

窓ガラス割れてガムテープで補修してるし

ワイパー片方もげてるし

走ってるとボンネットがビョーンって開くし

いつの間にか後輪が無くなってる…みたいな。

 

ちょうどいいタイミングで、死ぬと同時に、手足や骨、臓器が全部ダメになる、っていうのが理想的なのかも知れませんけど、なかなかそう上手くいかない。

 

早死にするのはまぁ良しとして、「痛い」のはホント、マジ勘弁なんすよね~。

 

痛み止めの薬が効くまでの間、痛くて痛くてのたうち回っている時は、「あ~我慢できる程度の痛みになってくれ~」って神とか仏とかいろんなものにお願いするんですけど、痛みが治まってくると、また不摂生。

 

「まぁまぁの我慢できる程度の痛み」を、ありがたい!って思っていられるのは、激痛の余韻が残っているほんのわずかな時間だけ。

 

そのうち「あ~…安静にしてるのはかったるいな~」とかね、もっと上を目指してしまうわけですよ。

「野山を駆け巡りたい!」とかさ、

「東京に出て一旗あげたい!」とかさ、

「オレ、ユーチューバーになるよ!」とかさ。

 

「体がどこも痛くない」=「超ありがてぇ~!」

なんて、どこも痛くない人は思えないわけよね。

そりゃそうだ。

当然だ。

 

 

しかしだな、人は皆、年老いていく。劣化していく。徐々にスピードを緩めていかざるを得ないのであーる。

若い頃は時速100キロで走れたとして。

時が経つにつれ、徐々に、その性能は劣化していくわけですよね。

80キロになり、70キロになり…。

 

今までできていたことができなくなっていく。

 

大空高く舞っていた気球が、じわじわと低空飛行になってくる、みたいな。

どんどん高度が下がっていって。

「大変だ~積み荷を捨てろ~!」みたいな。

気球に積んでいた荷物を、少しずつ投げ捨て、なんとか高度を維持するしかなくて。

 

いろんなものを手放していくしか無くてね。

身軽になるしかない。

 

あとはもう、ソフトランディングを期待するだけですよ。

地面に激突するのではなく、じわっと、不時着するように死にてぇもんだなぁと。

 

少しずつ、積み荷を捨てていく。

そういう段階に入ってんだなぁと実感する毎日ですよ。

ありがたいことです。

 

 

ってかさ、こんなね、クソみたいな日記。ブログって超~ありがたいもんだね。

昔だったら、こういうのって、リアルな自分の日記とかノートとかに書いてたわけですよね。

実際、私は20代の頃とかさ、ずっとノートに書いてたのよ。

「人生とは何なんだ」的なこととかさ。

クソみたいなこと、いろいろと、書いてたのよ。

昔は、インターネットもスマホもパソコンもなかったからね。

 

部屋に閉じこもってシコシコと書いていた事は1円の得にもなってないんだけど、でも、その過去があるから、今こうしてブログ書けてるんだと思うと、やっぱ意味があったんだなぁとか何とか。

 

まぁとにかくですよ、今、この瞬間を生きてる人、スゲーじゃん。

ネットあるし、スマホあるし。これ神ツールよ?

誰でも始められる「ブログ」ってすごくない?

お金かからないんよ。

んで、逆にお金もらえたりしてな。

資格も不要。

 

クソみたいな日記書いてるだけで。

この世のどこかで、だれかが読んでくれたりして。

これ、スゲーことなんよね。

夢みたい。

 

ブログ、超~ありがてぇ。

読んでくれる人、超~超~ありがてぇ。

ましてや、拡散してくれた人、超~超~超~超~超~ありがたい。

 

これね、奇跡ですよ、奇跡。

 

こんな読むに値しないゴミ記事をね、誰かが読むんだと思ったら、申し訳なさもありつつ、ちょっとウケるw

先に謝っておこう。

オレのギガを返せとか言われる前に。

 

サーセン。( *´艸`)。