イギリスの学校に通ってる日本人の男子が、お弁当食べてたら、クラスメイトに「しょうゆ臭いんだよ」って言われてどうのこうの、っていう案件が話題になってますがね。
「におい」って、どうなんでしょう。
基本的に、我慢すべきモノなんでしょうかね。どこまでがOKでどこからがNGなんでしょう?
この案件ね。「お弁当を食べていたら、近くにいたイギリス人の女の子に「くさい」と言われた」って話。
まとめもあるね。
「違い」と「嫌い」のはなし#未知とのそうぐう
— Palette (パレット) 多様性×漫画 (@Palette_lgbtq) April 18, 2019
お話の提供はこちらから↓
「違い」と「嫌い」を混同してはいけません。〜息子の担任の鮮やかな対応(イギリス)〜|BASIL @basilsauce|note(ノート) https://t.co/jWjJGhNAmy pic.twitter.com/apCB5JVjrJ
個人的には、こういうケース、なかなか難しいと思うんすよね。
なんかすんなり「ええはなしや」で片づけてる人もいるみたいですけど。
例えば、どうしても納豆の匂いがダメって人がいて、その人が納豆好きな隣人に対して「納豆臭い」って思っちゃった場合、どうすりゃいいのか。
差別意識なんて一切なく、純粋に、そのにおいが生理的にダメ、っていう時に、どこまで我慢するのが正解なんだろうか。
それとも、
「私は納豆のにおい、どうしてもダメなんで」
ってどこかのタイミングで伝えて、納豆マニアには近づかない、ってのが正解なんだろうか。
それとも、何も言わず、無言のまま、納豆マニアから距離を置く、ってのが正解なんだろうか。
においの話って、それこそ、人それぞれじゃないですか。多種多様。
みんなが好きだというにおいを、嫌いだと感じる人もいるし。
みんなが「くっせーな!」っていうにおいが、実は好きだっていう人もいますよね。
先ほどの、イギリスのしょうゆ案件。
先生に、「報告があります」と呼び止められました。
「その生徒と話しました(息子に後からきいたところによれば担任教師がクラスを持っていない時間帯に女の子ひとりだけ授業から連れ出され、30分くらい戻ってこなかったそうです)。世界中にはいろんな文化があって、あなたがまだ知らない食べ物があります。日本という国の食べ物にはイギリスの食べ物とは違う匂いがあります。あなたはまだ知らなかった。それは“違い”であって、“嫌い”と考えてはいけません。と女の子に話しました。」と。
その女の子は息子に謝ってくれ、息子はいつもの元気を取り戻しました。
この男の子は、今後も、イギリスでしょうゆ味のお弁当を食べるたびに、クラスメイトに「しょうゆ臭い」って思われるわけじゃないですか。
ダイレクトに「お前、しょうゆ臭いぞ」って言われる時もあるだろうし、無言で去っていくイギリス人クラスメイトもいるでしょう。
そういう時に、先生は、逐一、クラスメイトを呼び出して、「しょうゆのにおい」を嫌悪してはならないって諭すんだろうか?とか、
いろいろ考え始めると、夜も眠れなくなっちゃう。
難しいんですよ、においの問題って。人種差別とかよりも難しいかも。正義とかモラルとか理屈じゃないんで
「そのにおいが嫌なら、そもそも嗅がなければいいじゃない!」
っていわれても、そういうわけにはいかないじゃないですか。
「嗅がない」っていう選択肢がない場合って、結構あると思うんですよね。
否も応もなく、嗅がなくちゃならないケースって、あるんですよね。
昔、若い頃、某工場でバイトした時に、同じラインで隣になったおっさんがさ、超臭かったことがあってさ。
全然、風呂に入ってないらしくて。(本人から聞いた)
歯もボロボロで真っ黒で、磨いてない感じ。
髪の毛もゴッワゴワ。
こっちは別に、おっさんの臭いを嗅ごうなんて思ってないんですよ。
でも、ポジション的に、嗅ぎ続けなければならない。
拷問ですよ。
こういう時、どうするのが正解なんすかね?
これ、イギリスの学校の先生に、私は説教されちゃうんでしょうか。
「世の中には臭いおっさんもいるのです。受け入れなさい。嫌悪してはならない」
みたいに諭されて、私は臭いおっさんに心の中で謝罪して、今後も、未来永劫、同じラインで毎日8時間、一緒に作業し続けなければならないんでしょうか。
それが正解なんでしょうか。
「くさいものはくさいんだよ」ってのは、言っちゃダメなんでしょうか。
言っちゃう方が人としての器が小さい、ってことなんでしょうか。
「くさい」という現実から目を逸らし、「い~い香り♪」とか思い込めばよかったんでしょうか。
そもそも、そんなこと、できるんでしょうか。
人間には無限の可能性があるってことなんでしょうか。
諦めなければ夢は叶うってことなんでしょうか。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」という感じで、
「鼻を滅却すれば、くさいおっさんもバラの香り」なんでしょうか。
結局私は、超臭いおっさんに、「超臭いですよ」とは言えずに、バイト辞めちゃったくらいにして。
完全にこれは、オレが悪いんでしょうか、自業自得なんでしょうか。
鼻栓でもなんでもして、必死に耐え続けるのが正解だったんでしょうか。
差別する意思なんて微塵もないけど、ただひたすら、超臭い、っていう場合、どうすりゃいいんでしょうか。
追記的に。
やはり、冒頭のイギリスしょうゆ事件に対して、先生の考え方、問題の収め方に対して、単なる「イイ話」ではないんじゃないか?と考える人もいるようですね。
児童にする指導として、「見知らぬ異文化を嫌いと考えてはいけません」と「嫌いと思っても言ってはいけません」だとどちらのほうが「正しい」んだろうか
— スドー🌸 (@stdaux) April 21, 2019